「これからどうする?」 「取り合えず、エルマ神殿に戻ろう。エミリアス最高司祭にどの辺りまで話が進んでいるのかを聞いておこう。ライカの罪も芋づる式に出てきているだろうし、そこまで進んでいなくとも何かしら役に立てるかもしれない」 「そうだね」 火乃木の表情はどことなく暗い。 やはりライカが犯人であると言う事実を、素直に認めたくないからだろう。 「やっぱ、ライカが犯人であることはショックか?」 「そりゃ……ね」 たった二日だけだったが、火乃木はアーネスカを通じてライカとも十分な絆ができていたのかもしれない。 だとしたらショックも大きいだろうし、火乃木の態度や言動も納得できる。 「今更何をどうしたって、何も変わらないことは分かっているのにね……」 「そうだな……現実を、受け止めなきゃな」 俺が火乃木に言ってやれることなんてそれくらいなものだ。結局立ち直りなんて自分の意思でするしかない。 っと、せっかくさっきまで明るい雰囲気だったのにまた暗い感じになっちまったな。 今後この話題は出さないようにしよう。そのほうがいい。火乃木のためにも、俺のためにも。 なんとなく暗い気分のまま、俺と火乃木はエルマ神殿に戻ってきた。 いつもは建物全体が厳かな雰囲気をたたえているのだが……何故だろう? 何か……違和感がする。 「ねえ、レイちゃん……」 「言うな……言いたいことはわかる……」 なんだろうこの感じは……。嫌な予感がする。 「取り合えず、司祭室に行ってみよう。ひょっとして、なにかあったのかもしれない」 「うん」 俺と火乃木はエルマ神殿の司祭室に向かった。 神殿に入ってさらに驚いたのが、エルマ神殿内部で誰ともすれ違わなかったことだ。 神殿内に誰もいないなんてありえない。廃墟じゃないんだから、誰かしら人はいるはずだ。 それなのに誰とも出会わないのはおかしい。不自然極まりない。 「レ、レイちゃん……」 火乃木の不安そうな声。ここまで静かだと不気味にさえ感じる。火乃木が不安がるのも分かる。 「どうした?」 「あのね……カードが……」 「カードって……まさか」 「うん、変身のカード……エルマ神殿に入ってから気づいたんだけど、手元にないの……」 「なんだって!」 こんなときに……。 今の火乃木は変身のカードによって姿を変えている。そうでなければ人間として生活できないからだ。 変身のカードは自分で解除するか破られるかのどちらかが起こると変身が切れてしまい元の姿をさらしてしまう。 「ボ、ボク一旦部屋に戻って探してくるね!」 火乃木は大急ぎで司祭室の前から自分の部屋がある寄宿舎へと向かう。 「おい、待て俺も行くぞ!」 ほおって置けるわけない。今の火乃木を一人にしては置けない。 俺は火乃木の後を追う。 寄宿舎にも人はいない。人っ子一人いない。エルマの騎士も騎士見習いも。 やはりおかしい。一体何が起こってるんだ!? 「キャア!?」 「……!?」 色々と俺が思考を巡らせていたときだった。 寄宿舎へ向かって走っていた火乃木が誰かにぶつかった。 その誰かと言うのはエルマの騎士だった。 長身で鋭い目をした女性騎士は無表情で俺と火乃木を見ている。 「お待ちしておりました」 「え?」 なぜか頭を下げられる火乃木。ただでさえ、わけの分からない状況に置かれているのに突然頭を下げられても困ると言うものだろう。 「鉄《くろがね》さん、白銀さん。貴方方を、大聖堂へお連れするよう言われております」 目の前の女性騎士は言う。 「では、こちらにいらして下さい」 俺達の事情を意に介さず、彼女は平然と俺達が今通ってきた道と反対の方向、即《すなわ》ちエルマ神殿の方へ歩き出す。 「ちょ、ちょっと待って! ボク今探しものが……」 「ご安心下さい。今朝方貴方様が落としたとされる変身のカードは、こちらでお預かりしています。来ていただければ速やかにお返しいたします」 「ほんとですか?」 「はい」 エルマの騎士は笑顔で言う。 ……果たして大人しくついていってもいいものだろうか? 火乃木は無くしたカードが見つかると言う思いが頭にあるため、そこまで考えが及んでいない可能性がある。 信用していいのか? などとあれこれ考えているうちに、火乃木は目の前のエルマの騎士の後をとことことついていく。火乃木の頭にあるのはやはり無くしたカードのようだ。 仕方ない……。どの道なくなったカードが見つからないと大変なことになるからな。 俺と火乃木はエルマの騎士の言葉に従うことにした。 「こちらです」 エルマ神殿大聖堂。 つい今朝方まで侵入者がどうだ、こうだと騒ぎ立てていた雰囲気とは一変している。と言うより今まで感じたことのない感じ。 これは大聖堂内に人の気配を感じるからだろう。 状況が少しだけ飲み込めてきた。 俺と火乃木がいない間にエルマの騎士と騎士見習い含めて全員この大聖堂に集められたのだ。 そうでなければ誰ともすれ違わない理由が説明できない。 そしてこれから何が起こるのかはわからないが、俺と火乃木にも大聖堂に来てほしいと言うことで、さっき会ったエルマの騎士は俺達のことを探していたのかもしれない。 だが、エルマ神殿の人間全員かき集めた上で俺達の存在も必要な『なにか』とは一体何なのか? 疑問が頭の中から離れない。だがこれだけは分かる。 これから起こる何かが、決していいことではないと言うことだけは……。 目の前のエルマの騎士は門番をしている二人のエルマの騎士に一礼して扉を開けさせた。 先行して俺達をここまで案内してきたエルマの騎士が大聖堂に入る。 大聖堂内は人で溢れかえらんばかりになっていた。 「レイちゃん……」 火乃木が俺の服の裾を掴む。 人見知りの激しい火乃木には大聖堂内にひしめく大量の人間が恐ろしく感じたに違いない。 「大丈夫。さあ、入るぞ」 なんにしろ入らなければ何にもなるまい。これから俺達の身に何が起こるのか……。 俺も火乃木も不安交じりの表情をしているに違いない。俺と火乃木はゆっくりと大聖堂へ入った。 その時! 「今よ!」 「え?」 「しまった罠か……」 大聖堂の扉の裏側、俺達からは見えないところから突然無数のエルマの騎士がやってきて、俺と火乃木は地面に組み伏せられた。 「うわぁあ! 痛い!」 「クッ!」 「動くな!」 凛とした声が大聖堂内に響き渡る。さっきとは違う別のエルマの騎士二人が、俺と火乃木に剣を向けている。 なんだこれ? なんだこの状況? 無数のエルマの騎士からの突き刺さる視線。なんで俺達はこんな目にあっている? 「来てくださいましたのね。鉄様……」 「……!!」 俺は絶句した。声の主は大聖堂の奥にある壇上から俺と火乃木を見ている。いや、問題はそんなことじゃない! その声の主がライカであるということのほうが問題だ! どうなってるんだ!? 状況証拠だけでも、ライカを疑うには十分すぎる材料を俺はエミリアス最高司祭に提示した。エミリアス最高司祭が本格的に動き出したなら、あの女がこんなところでこんな状況で、堂々としていられるわけがない! 何故堂々としていられるんだ!? 「白銀様をこちらへ……」 「え? キャッ!」 首根っこをつかまれ、火乃木は後ろ手のまま無理やり立ち上がらされた。 「おい、乱暴すんな!」 俺は組み伏せられたまま食って掛かる。が、その瞬間俺を背中から組み伏せているエルマんの騎士がとんでもないことを言いやがった。 「黙れ! 侵入者め!」 ハァッ!? 何言ってやがる!? 侵入者はそこの女だろ!? 何で俺が侵入者なんだ!? 「いけませんね〜鉄様……。穢《けが》れをこのエルマ神殿に持ち込んでいただいては……」 意味がわからない……。 穢れ? それと、侵入者と、俺がどう関係しているって言うんだ? 火乃木は後ろ手をがっちりつかまれたまま、大聖堂の壇上へ歩かされていく。 その壇上から降りたライカは火乃木に顔を近づけて笑う。 「……あ…………あう…………」 火乃木は完全に気圧されている。顔は見えないがそれだけは良く分かる。 「た、たす……」 「白銀様」 「……!」 火乃木の体がビクッっと震え上がる。 元々人見知りの激しい火乃木は密着するほど顔を近づけられれば固まっても仕方がない。しかも今のライカは今までのライカとは明らかに雰囲気が違う。 顔は笑っているが目は決して笑っていない。 まるで……虫の羽を無邪気にもぎ取る子供のような表情だ。 「あ、あの……ど、どうして……あ、あぅ……うっ……ぅぅぅぅ」 何かを言おうとしているけどそれが上手く出てこない。そうしているうちに火乃木の声から徐々に嗚咽が漏れ始める。 火乃木のその状態に満足したのか、ライカは再び壇上に上る。そして、火乃木の両手を掴んでいたエルマの騎士に指示して火乃木を壇上に上げた。 「さて、皆さん! ここにいる白銀火乃木と言う少女と……」 そこまで話してライカは俺を指差した。 「あの鉄零児こそが、このエルマ神殿に侵入した犯人なのです!」 なっ!? なんだって!? どういうつもりだあの女!? なぜ……こんな……。 「ライカ! あんたいい加減になさい!」 「……?」 聞き覚えのある声。声がしたのはライカの後ろだ。 声の主はアーネスカだった。 「アーネスカ、貴方……侵入者の味方をするつもり?」 「そうは言ってないわ! だけど、零児と火乃木は侵入者ではない! そもそも証拠がないわ!」 「そうかしら? 私の手元にはこの場にいるエルマの騎士全員を納得させるだけの材料はありますけど?」 「嘘おっしゃい……」 「この期に及んで……嘘をつく必然性があるでしょうか? アーネスカ……。貴方が憎んでやまない存在が目の前にいると言うのに……」 「……? 何を言っているの?」 「お見せしたほうがいいかもしれませんね」 ライカは懐から何かを取り出した。 「あれは……!」 「ボクの……カード……」 火乃木がなくしたと言っていたカード。なぜライカが持ってるんだ!? 「今朝方……あの騒動の後、私が見つけたものです。魔力は白銀様……貴方のものが込められていました」 変身のカードは使用者の魔力供給を受けて初めて機能する特別な魔術媒体だ。変身する対象となる人間の微量の魔力が常にカードに流れていくことで、変身後の姿が維持される。 つまりカードに触れていれば微量ながらもその魔力が誰の魔力なのかが分かるのだ。 通常魔力は眼に見える形にしない限り『見ること』も『感じる』も出来ない。しかし、間接的に『触れる』ことは出来るのだ。 今回の場合で言えばカードに流れ込んでいる魔力を間接的に『触れている』ことになる。 それは例えれば濡れている雑巾と濡れていない雑巾だ。水を含んだ雑巾ならばそこに水気が含まれていることが手に取った瞬間分かる。濡れていない雑巾なら水気が含まれていないとわかる。 魔力に『触れる』とはそういうことなのだ。ただし、魔力は水ではないから直接触れる事は出来ないのだが。 そして優れた魔術師なら、間接的に魔力に『触れた』だけで誰の魔力なのかを特定することが出来る。 そしてライカは自らが拾った変身のカードから火乃木の魔力に間接的に『触れる』ことで火乃木が変身のカードを使って本来の姿を隠していることに気づいたのあろう。 ひょっとして火乃木の奴、昨日あの化け物と戦っているときに落としたのか? それをライカが拾ったと言うことなのか? 「このカードを破れば……貴方はどんな姿を現してくれるのでしょうね〜……」 口元を吊り上げてライカは笑う。 「や、やめ……やめて……!」 喉から言葉を搾《しぼ》り出し、必死に懇願する火乃木。 その場にひざを着き、多くの人間の目の前であるにも関わらず頭を下げる。 「お願いします……お願いします……やめて、ください……」 それは嗚咽交じりの懇願だった。 「やめなさいライカ! いくらあんたでも、そんなことしたらただじゃ……!」 先を続けようとしたアーネスカに、回りにいたエルマの騎士が剣を向ける。それ以上動けば容赦しない、と無言の圧力を受けてアーネスカは押し黙る意外ない。 「黙っていてくださいアーネスカ。貴方にも見せてあげます。この神聖なるエルマ神殿にふさわしくない獣……そう。人間の敵である亜人が姿を現すその瞬間を!」 「待てライカ!」 組み伏せられていたままの俺は顔をあげ、ライカを睨みながら叫んだ。 「エミリアス最高司祭を呼べ! 火乃木が何者であろうと、この事件には関係ないはずだ!」 「エミリアス最高司祭様でしたら……」 「……?」 「今朝方逝去されました」 「何!?」 死んだ? エミリアス最高司祭が死んだ!? そういっているのかこの女は!? 何なんだよこの状況は!? それじゃあ、どうやってもこの状況を覆せないじゃねえかよ……! どうする? どうする? どうする? 「御託はもうよろしいでしょうか? それでは、白銀様……」 「…………やめ……て」 「いいえ……ヤメテアゲナイ……」 「……!!」 それ以上何も言わず、ライカは火乃木のカードを真っ二つに破った。 「あ……」 火乃木が絶句する。その瞬間火乃木の拘束された手が開放される。変化はすぐに訪れた。 「あ、ああああ……!!」 火乃木は自分自身を抱きしめた。その表情がどれほどの苦悶なのか、想像すらしたくない。 「いやぁ、いやあ!」 背中が膨らみ始め、髪の毛は赤く染まる。 即頭部から白く丸い角が二本生え、肌の色が通常の人間のそれから褐色へと変わっていく。 衆人環視の中で変化していく自身の体。火乃木にとってこれ以上の恐怖などない。 やがて膨らんでいた背中は服を突き破り、そこから巨大な赤い翼が姿を現した。 元々背中が大きく開けているノースリーブを着ていたせいか、上半身が丸裸になることこそないが、それ以上に人間離れしたその姿はその場にいた人間の表情を驚きに変えるには十分すぎる効力を持っていた。 「あ……あ……」 火乃木は絶句している。顔は見えないが涙が出ていることは容易に想像できる。 「フ、フフフフフ……」 ライカが含み笑いを漏らす。一体何が愉快なのだろうか? 「皆さん良くご覧ください! これこそが私達を二週間もの間苦しめたもう一人の侵入者の正体なのです! 亜人は我等が敵! その亜人がそこの男と手を組んで我等をたばかっていたのです! これが真相なのです!」 その瞬間、周りにいたエルマの騎士達が口々に何かを言い始めた。 「そうか亜人が絡んでいたのか……」 「人間には不可能なことを亜人が実行し手伝っていた……」 「やっぱり亜人にはろくなものがいない」 「ルーセリアにまで来ていたなんて……」 そんな声が次々と聞こえてくる。 同じだ……。 これは……六年前と……俺と火乃木がであったときと同じだ……。 だめだ! ここにいてはいけない! 逃げなければ! 今の火乃木に動くことは期待できない。 無理やりにでも動かしてエルマ神殿を脱出しなければ! 「アーネスカァ!」 「……!」 俺は組み伏せられたままアーネスカを呼んだ。 「火乃木は、ライカに、人間とは違う臭いがすると言っていた! だから俺達はライカが怪しいと踏んで調査していたんだ! だから、この状況には何かある! 何かがあるはずだ! いいかアーネスカ。ライカの豹変には何か理由があるはずだ! 見捨てる形になっちまうかもしれないけど、この状況、お前なら何とかできるかもしれない! 俺は火乃木と共にここから脱出する! だからここから先の調査はお前に任せる!」 「零児……」 「頼んだぜ!?」 俺は一方的にそれだけ言い切った。 そして、自身の右手に魔力を込め、左手から黒いトンファーを生み出した。 突如俺の手のひらから黒い棒の塊が出現したので俺を組み伏せていたエルマの騎士は驚いて後ろに下がる。 その隙をついて俺は立ち上がり、走り出す。 「捕らえなさい!」 ライカの命令でエルマの騎士達が動き出す。だが遅い! はるかに遅いぜ! 俺は右手に持ったトンファーを俺の道を阻むエルマの騎士達目掛けて投げ飛ばす。 そして、跳躍。エルマの騎士達の頭を飛び越え、火乃木のいる壇上へ一気に距離を詰める。だが、火乃木の前にエルマの騎士が立ちふさがる。 俺はそのエルマの騎士の顔面に蹴りを入れた。 そして、火乃木の体を左手で掴みさらに走り出す。目の前にあるのは行き止まりだ。俺はその行き止まりに向かってジャンプする。そして、空中で自らの体を反転させ、そこからさらにジャンプし、壇上に立てられた十字架の上に立つ。 そして、そこから全身のばねを使ってステンドグラス目掛けて俺は跳んだ。 |
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